出社回帰、どう促す?
世界的に「出社回帰」が進んでいます。コロナ禍で導入した在宅勤務を部分的(または全面的)に撤回し、従業員に出社を促す企業が増えているのです。
経済的な要因から業績回復を急ぐ企業もあれば、在宅勤務やハイブリッドワークでは仕事の能率が低下することを懸念する企業もあります。都市によってはオフィス街の空室や賃料の問題から部分出社に留める企業もあったりと、事情や背景は様々です。
しかし働き手側は必ずしもこの動きに同調しておらず、コロナ前のような完全出社モデルに抵抗を感じる人も少なくありません。
そこで注目を集めているのがハイブリッド勤務です。ですが導入でつまづいている企業も少なくありません。どうすれば在宅勤務の柔軟性を残しつつ、リアルで協働できるオフィス環境の創造性を最大限引き出せる仕組みを定着させられるのでしょうか?
企業は出社回帰、働き手はリモート継続を希望
企業側の思惑と働き手の本音にはかなりのズレがあります。Morgan McKinleyが世界の3400人以上の働き手と650人以上の経営陣・採用担当者を対象に行ったGlobal Workplace Study では次のようなことがわかりました。
”昨年よりも出社回数を増やした企業は全体の56%”
「昨年の同時期と比べて、部下/社員に求める出社回数は増えていますか?」
地域別に見るとかなり差があります。英国、カナダ、アイルランドはそれぞれ40%、40%、42%と半分未満です。しかし日本を含むアジア太平洋圏ではかなり出社回帰が進んでおり、香港(91%)、オーストラリア(65%)、日本(62%)、シンガポール(61%)、中国本土(59%)という結果となりました。
出社を促す理由を尋ねたところ、最も多かったのは「社内のコラボレーションを深めるため」で、次いで「カルチャー強化のため」「パフォーマンス改善のため」と続きました。
Resume Builderの調査では、
“企業の9割が2024年までに出社回帰を予定している。既に出社回帰を実施した企業では、収益、生産性、離職率など様々な点で改善が進んでいる”
という結果もあり、出社回帰は(少なくとも企業側から見ると)一定の成果を収めているようです。
ですが働き手側は勤務スタイルの柔軟性を求めています。
“勤務スタイルに対する満足度はハイブリッド勤務をしている人において最も高いことがわかりました。また、昇給を断ってでも望む出社回数や勤務の柔軟性が確保したいと考える人は回答者の約半数に上りました。
一方、週5日出社している人は相対的に満足度が低く、理想の出社回数が「週5日」と回答した人はわずか12%でした。66%がハイブリッド勤務を希望しています。”
転職活動をしているかどうかを現在の出社回数と照合すると次のようになります。現在完全出社をしている人の方が、転職活動をしている人の割合が相対的に高いことがわかります。
企業が望ましいと考える勤務スタイルと働き手が求める勤務スタイルの乖離は明らかです。このギャップを埋めるためには丁寧かつ戦略的な取り組みが求められています。
スムーズに出社回帰を進めるためのステップ
現在リモート、またはハイブリッドで就労している従業員に出社を促したいと考える企業は、まずその理由を丁寧に説明することから始めるべきです。
なぜ出社する必要があるのか、対面でやりとりをすることにどのようなメリットがあるのかを理解できないままでは従業員のモチベーションが下がり、生産性の低下は免れません。
マネージャーや経営陣が率先して出社することも大切です。オフィスに上司や重役の姿があれば、新しいワークスタイルに対する会社の姿勢が伝わり、信頼が生まれるでしょう。
部署や拠点によって方針が違う場合はその背景をきちんと説明し、マネージャーや上役もその方針に従うことが大切です。
また、採用面接を受けている候補者には早い段階で出社方針や勤務スタイルを説明し、理解を求めましょう。
ステップ1:導入は段階的に
「X月X日から全員完全出社」というようなドラスティックなやり方は社員の負担が大きく、あまり効果的ではありません。少しずつ、段階的に進める方が得策です。週に数日程度から始め、社員がリズムに慣れる時間を作ってあげましょう。コロナ前に戻すだけ、と思っても実際にはかなりハードルが高く、完全出社を撤回せざるを得なかった企業も少なくありません。
コミュニケーション・ソフトウェアを展開する米Zapier社のように、ハブ・オフィスに近くに転居した従業員に「コロケーション・ボーナス」を導入した企業もあります。
ステップ2:出社を求める根拠を明確に
出社回帰を決めた理由や背景を明確に示しましょう。理由がなければ社員は「出社させられている」と感じます。チームワークを引き出すためなのか?アイディアの創出やイノベーションを進めるためなのか?どのようなビジョンや目標があっての決定なのか、出社することによってどのようにその目標に近づくことになるのかがわかれば、出社することに意味を見いだしやすくなるでしょう。
Dropbox社はWFA(自宅に限らず、どこからでも勤務できる work-from-anywhere制度)を採用する一方、「人間関係やコミュニティを育てるため」従業員に週最低1日は出社するよう促しています
ステップ3:フィードバックに耳を傾け、適応する
部下や社員のフィードバックを積極的に集めましょう。社員は何に不安やストレスを感じていますか?通勤ラッシュ、子育てとの両立、ホームオフィスの機器環境など、出てきた懸念の根本原因を考え、それに対応する方法を考えましょう。ハイブリッドワークへの移行を双方向的な共同作業として捉えれば、社員のバイインも得やすいはずです。
Ernst & Young社は出社回帰にあたり社員が挙げた懸念(育児との両立、通勤)に対し、”EY way of working transition fund”を立ち上げ、社員の出社のハードルを下げるための金銭的な補助を行いました。
ステップ4:小さな成功を讃え、インセンティブを設ける
対面のブレーンストーミングやオフィスでのコラボレーションなど、リアルならではの取り組みを促し、よいアイディアが出た、建設的な議論ができたなど、得られた成功体験を讃え、共有しましょう。チーム全員が顔を合わせられた、などささいなことでもOKです。小さな成功体験を積み重ねることで前向きな雰囲気が生まれ、同じ目標に向かって頑張っている仲間意識が芽生えます。
ステップ5:個別にサポートする
出社回帰に皆が一様に適応できるわけではありません。順応するスピードには個人差があって当然です。辛抱強く寄り添い、必要に応じて個別にサポートしましょう。
Lfyt 社は最終的にどこで働くかを従業員に委ねています。「Lyftは100%フレキシブルな職場になります。新入社員を含め、ほとんどの社員はどこに住み、どこで働くかを自由に決めることができます。オフィスでも、自宅でも、二つを混ぜてもいいのです」と発表しています。
自社に合ったハイブリッドワーク・スタイルの確立
ビジネス上の懸念があったとしても、社員のバイインがなければ完全出社が最良のソリューションとは限りません。多様な働き方と生産性のバランスをとるためには公正で透明性があり、かつ現実的な人事制度が必要です。会社と社員のニーズが食い違っている場合はどう対処すればいいのでしょうか?
まずはコミュニケーションをオープンにすることが大切です。一方で社員の希望をきちんと聞き、一方で会社の目標や理念をしっかり発信しましょう。
更に社員がなぜそのような勤務スタイルを希望しているのか、その背景を知ることも大切です。ワークライフバランスを確保するためなのか、家の方が集中できると感じているからなのか?それによって落としどころが変わってきます。
フルリモート勤務の会社は徐々に減ってきていますが、ハイブリッド勤務の需要はまだ続きそうです。働き手はリモート志向が強いので、出社回数が少ないリモートファーストはタレントアトラクションにも役立つでしょう。採用予算やブランド力で大手にかなわない企業にとってはよいアピールポイントになる可能性があります。
2024年は各社がリモートやハイブリッドワークをプレミアと捉えているのか、企業価値に欠かせない文化と位置づけているのかが徐々に見えてくるでしょう。真の多様な働き方が根付くのか、期待を込めて見守りたいと思います。