給与の透明化って?世界の動き
皆さんは同僚がいくらお給料をもらっているか知っていますか?では、上司がいくらもらっているかは?
これを全てガラス張りにしようというのが給与透明化(pay transparency)という動きです。ジェンダーや人種による賃金格差の是正を促進するために生まれた考え方で、既に欧州などではこうした格差の開示を企業に義務付ける法制度が整いつつあります。
依然として給与の話をタブー視する企業もあれば、給与公開に踏み切る企業もあり、中にはBuffer社のように社員全員の給与を全てウェブ上で公開している企業もあります。
このようにまだ発展途上のトレンドではありますが、これを後押ししているのは GlassdoorやPayscaleのように(正確性は担保されていないものの)年収情報を簡単に検索できるウェブサイトの存在でしょう。この他にも人材紹介会社や業界団体がまとめる年収ガイドもたくさんあり、昔と比べてかなり給与の検討をつけやすくなってきています。ミレニアル世代にはウェブ上で給与を公開することに抵抗を感じない人が多い、と指摘する人もいます。
今後日本でも賃金透明化が進むのか?この記事ではそれを考えるきっかけとして、給与透明化を巡る各国の法規制と透明化の男女差是正効果、実際に給与透明化を導入している企業とその理由をご紹介したいと思います。
給与透明化を巡る各国の法制度
最近 LinkedIn でこんな投稿が話題になりました。
「フィンランドでは、同一労働同一賃金の原則が守られていないと感じた場合、自分と同じ業務を行う同僚の給与を比較できるようになるかもしれない「」いうものです。
北欧だけではありません。
EUとしては、2023年に賃金透明性規制が欧州議会と欧州理事会により承認されています。これにより、従業員100人以上の企業は男女間の賃金格差情報を公表しなければいけないとされました。更に男女間の賃金格差が5%を超える企業は、状況を調査分析し、行動計画を策定しなければなりません。
英国もEUほど厳しくないものの同様の規制を設けており、2017年以降、従業員250名以上の企業は男女別の給与・賞与データを報告することが義務付けられました( Gender Pay Gap Reporting)。
アイルランドでは、従業員150人以上の組織は男女間の賃金格差(賞与含む)を報告し、格差がある場合はその理由をも開示しなければいけません(Gender Pay Gap Information Act 2021)。
カナダでは政府のホームページに Equi’Vision というツールがあり、誰でも簡単に企業の賃金格差を調べられるようになっています。ボーナス、残業代、時給、男女比/人種比等の数値を基に算出した時給格差が表示されます。
また、オンタリオ州では賃金透明化法(Pay Transparency Act)により(a)すべての求人広告に給与範囲を記載しなければいけない、(b)雇用主は候補者に過去の報酬を訊ねてはいけない、(c)雇用主は男女の賃金格差を州に報告しなければいけない、と定められています。
オーストラリアでも労働法の改正により、2023年に従業員500人以上の企業の男女平等指標報告義務が厳格化されました。職場男女平等参画庁(WGEA)が対象企業のジェンダー・ペイギャップを公開しています。また、2021年7月5日に改正されたTransparency in Wage Structures Act では、性別に関係なく同一労働に対して同一の賃金を支払うことが義務化されています。
※上記は一部の国の例であり、全ての国の法制をカバーするものではありません。またここでご紹介した国・地域の対応もまだ流動的ですので今後も注視が必要でしょう。
給与透明化のメリット
ジェンダーギャップの現状把握・是正
「男性が1ドル稼ぐ間に、女性は77セントしか稼げない」 (出典:国連ウィメン)
では、法制化によって男女平等は進んでいるのでしょうか?
カナダのトロント大学の研究チームが発表した論文 "Pay transparency and the gender gap ”は、大学教員の給与の変化に注目し、法律制定後は男女格差が統計的に有意に2ポイント減少したと結論付けています。
ベースポイントが6~7ポイントですから、ジェンダーギャップが30%縮小したことになります。
給与情報を公開することで大学側に格差を是正する努力を促し、また従業員には正当な給与を要求する根拠を提供できたのではないか、と考えられます。
更に興味がある方は、こちらの論文・白書もどうぞ:
- How much does your boss make?
- Does Pay Transparency Affect the Gender Wage Gap? Evidence From Austria, Pay Transparency & Cracks in the Glass Ceiling.
- Research: The Complicated Effects of Pay Transparency
完全に給与を透明化している企業とその理由
では、実際に給与を公開している企業をいくつかご紹介したいと思います。
まずSNS管理ツールを提供するアメリカのBuffer社。給与を社員向けに透明化するだけでなく、社員全員の給与を全てホームページで公開しています。
「透明性は当社のコアバリューの一つです。透明性は信頼関係を生み、説明責任を促し、業界を推進してくれるからです」
という企業理念がその根拠だそうです。
オーガニックフードなどを扱う米スーパー、Whole Foods Market社はなんと1986年から給与の透明化を実施しています。
その理由について創業者兼最高経営責任者John Mackeyは著書 ‘The decoded company: Know your talent better than you know your customers’ で次のように述べています。
「社員同士が信頼し合い、『1人はみんなのために、みんなは1人のために』という組織を作りたいなら、秘密があってはいけない」
Mackey氏が給与を透明化した理由はもう一つあります。それは、給与を公開することによって従業員に「なぜ人によって給与が違うのか」を考えてほしいと思ったから。どんな業績や成果を収めればどれくらいの報酬がもらえるのかを知ることで、社員が自発的に働くようになり、会社の業績も上がるのではないかと期待しているそうです。
最後に、マーケティング・アナリティクス会社SumAllの例をご紹介します。同社は持ち株も含め、従業員の報酬を全て公開しています。
その理由を、Dane Atkison最高経営責任者は「誠実でいたかったから」と説明しています。ですが導入後、社員の生産性向上、離職率低下といった思わぬ効果も得られて大変満足していると言います。
今後どうなる?給与透明化
給与透明化によって賃金格差が縮まるのかは更なる検証が必要でしょう。
ですがこれまで「オファーが出るまでいくらもらえるかわからない」という状況で選考や面接に臨んでいた転職希望者にとっては有難いトレンドであると言えます。求人に応募する時点で年収をある程度予測でき、また入社後昇格した際の給与もイメージしやすいのでキャリアパスをイメージしやすくなるはずです。
また、女性やマイノリティに属する働き手にとっては、公正な給与を手にするチャンスであることは間違いありません。日本ではどうなるのか、その動向も見守っていきたいところです。