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賃金をガラス張りに?給与の透明化の行方

賃金をガラス張りに?給与の透明化の行方
Submitted by Sayoojya on

給与の透明化(pay transparency)とは、企業の給与制度をガラス張りにする動きです。ジェンダーや人種などによる賃金格差を解消し、誰でも実力に応じて公平に賃金を受け取れる世界を実現しよう、という流れの中で登場しました。

給料の話はタブーという企業まだ多いですが、近年では GlassdoorやPayscaleのようなサイトに社員・元社員が匿名で年収を投稿したりして、企業秘密にしていてもインターネットである程度検討がついてしまうようになりました。

欧米では給与透明化を義務化する試みもあり、KPMGの調査では欧州企業の53%以上が給与透明化を検討しているそうです。既に社員全員の給与を全て公開している企業もあります。

そこでこの記事では、給与透明化の動きを理解するために以下の点を検討してみたいと思います。

給与の透明化に関わる法規制の整備状況

【EU】

2023年、欧州議会と欧州理事会は男女間の賃金格差に対処するため、賃金透明性規制を承認しました。これにより、

  • 従業員100人以上の企業は男女間の賃金格差情報を公表しなければいけない
  • 従業員250人以上の企業は男女間の賃金格差情報を毎年報告しなければいけない
  • 従業員150~249人の企業は男女間の賃金格差情報を3年ごとに報告しなければいけない
  • 男女間の賃金格差が5%を超える企業は、状況を調査分析し、行動計画を策定しなければならない

とされました。

【英国】

英国もEU同様、従業員数250名の企業は男女間の賃金格差の報告義務が課せられています(Gender Pay Gap Reporting)。しかしEUでは報告書において賃金格差の背景や改善計画まで説明しなければいけないのに対し、英国では背景や改善計画の説明は「奨励」されているのみで、義務化はされていません。

【アイルランド】

アイルランドでは、2021年男女間賃金格差情報法( Gender Pay Gap Information Act 2021)によって、従業員150人以上の組織は男女間の賃金格差(賞与含む)を報告し、格差がある場合はその理由をも開示しなければいけないとされています。

【カナダ】

カナダは雇用平等法(Employment Equity Act)という法律において、対象企業は①女性、②先住民、③障がい者、④目に見えるマイノリティ(白人・先住民以外の人種)に関する賃金格差情報を毎年報告しなければいけない、としています。

更にEqui’Visionというツールを政府ホームページで公開し、誰でもボーナス、残業代、時給、従業員の割合などの情報を基に作成された賃金格差情報を企業・業界・州ごとに検索できるようになっています。

またオンタリオ州には賃金透明化法(Pay Transparency Act)という法律があり、(a)求人広告への給与レンジの記載義務、(b)(面接等における)過去の報酬に関する質問の禁止、(c)州への男女の賃金格差の報告義務、などが定められています。

【オーストラリア】

オーストラリアでは労働法の改正が続いており、2023年には男女の賃金格差是正のため、従業員500人以上の雇用主は様々な男女平等指標について報告しなければいけないと定められました。職場男女平等参画庁(WGEA)が対象企業のジェンダー・ペイギャップを公開しています。

また、2021年7月5日に改正されたTransparency in Wage Structures Act では、性別に関係なく同一労働に対して同一の賃金を支払うことが義務化されています。

この他にも多くの国が給与の透明化に動いています。ここでご紹介したのはその一部であり、またご紹介した国においてもどんどん新たな動きが出てきていますので今後も注目したいところです。

給与の透明化のメリット

1. ジェンダーギャップの解消につながる

wages gap between women and children

世界的に見て、女性は男性の77%しか稼げない。子供がいる女性においてはこの格差は更に大きい。(出典: 国連ウィメン

では、賃金を透明化することによって男女の賃金格差を解消することはできるのでしょうか?

賃金透明化法が導入されたカナダでは、トロント大学の研究チームが "Pay transparency and the gender gap”という論文において男女の賃金格差に対するこれらの透明化法の効果を検証しています。

調査では大学教員の給与の変化に注目し、法律制定後は実際に男女格差が統計的に有意に2ポイント減少したと結論付けています。ジェンダーギャップが30%縮小したのに等しい効果です。

給与情報を公開することによって冷遇されている従業員はそのことを知り、公正な給与を求めて立ち上がる根拠を得ることができるでしょう。

まだ研究途上の分野ですが、同じテーマを扱った論文・白書をご紹介しておきます:

Research Transparency

 

2. 会社に対する社員の信頼が深まり、生産性が向上する

給与を完全に透明化しているSumAll社のDane Atkison最高経営責任者は、ニューヨーク・タイムズ紙のインタビューで次のように述べています:

「(当社では)誰がいくらもらっているか、全員がお互いに把握している。つまり完全に透明な仕組みで、これによって信頼関係が格段に深まる」

また、Harvard Business ReviewのResearch: The Complicated Effects of Pay Transparencyという記事は、給与透明化によって生産性が向上すると論じています。

自分が公正な給与を受け取っているかをいつでも確認できる手段があること、会社が格差是正に向かって努力をしていることがわかれば、会社やお互いを信用して大丈夫、という安心感が生まれるのです。

3. 顧客の信頼やブランドイメージが向上する

最近のHarvard Business Reviewの調査ではこんな報告があります。

  • ある企業の男女の賃金格差が明らかになると、その会社の製品に対する消費者の評価は下がり、ネガティブな投稿が増える
  • ある企業の男女賃金格差を報じるニュースを読んだ後では、無関係なニュースを読んだ後と比べて、消費者が競合の商品を選ぶ可能性が32%高くなる 

だから賃金格差を公表しない、という選択をすることもできるでしょう。しかしそれで消費者は納得するでしょうか。今やGlassdoorやPayscale、給与ガイドなどで給与水準を予測したり、調べたりすることができる時代です。隠し通すよりも給与を公開し、他社に先駆けて格差是正の努力を始める方がブランドイメージ向上につながる可能性が高いと考えられます。

給与の透明化のデメリットは?

1. 従業員ウェルビーイングが低下する恐れがある

人間は自分と他人を比べるとストレスが溜まってしまう生き物であり、これは給与の透明化においても起きうる現象です。

他の人より給与が少ないとわかった人が自己肯定感が下がったり、周囲からの評価が下がってしまうという研究があります(Cruces, Perez-Truglia and Tetaz 2013)。逆に自分が同僚よりも稼いでいることがわかった人は自信を持てる可能性がありますが、これも従業員同士の軋轢を生む要因になりかねません。

このため、給与をオープンにする場合は従業員のウェルビーイングへの配慮が必要であることを覚えておくべきでしょう。

2. 数字だけを見て誤解する人が出てくる

給与透明化のもう一つの潜在的なデメリットは、給与の数値だけが一人歩きして誤解や不信感を招いてしまうリスクがあることです。

給与を公開するのであれば、KPIや勤務成績、責任範囲など、給与の決め方やその根拠なども同時に明らかにした方がよいでしょう。

また、2016年にシリコンバレーの大企業2社のエンジニア700人を対象に行った研究では、大多数の従業員が自分の業績をかなり過大評価していることがわかりました(‘The case against pay transparency’)。このようなケースにおいては、賃金をオープンにすることで従業員が「自分は過小評価されている」と感じ、離職者を増やてしまう恐れがあります。

ですが「給与について知らされていない人は、知らされている人よりも業績が悪い」という研究もあり、リーダーシップやイノベーションを研究している David Burkus はより長期的な視点で見ると給与を隠し続けることは業績や雇用、さらには経済全体に悪影響を及ぼすリスクがあると言います。

給与透明化のポイント

Essential elements

給与を公開している企業とその理由

リスクもありますが、給与の公開に踏み切る企業は増えています。ここではそのいくつかをご紹介したいと思います。

【Buffer】

まずSNS管理ツールを提供するアメリカのBuffer社。

「透明性は当社のコアバリューの一つです。透明性は信頼関係を生み、説明責任を促し、業界を推進してくれるからです」

と謳い、給与を社員向けに透明化するだけでなく、社員全員の給与を全てホームページで公開しています。

【Whole Foods Market】

オーガニックフードなどを扱う米スーパー、Whole Foods Market社はなんと1986年から給与の透明化を実施しています。創業者兼最高経営責任者John Mackeyは「何でもオープンにする」という考え方を創業初期から取り入れているといい、その著書 ‘The decoded company: Know your talent better than you know your customers’ で次のように述べています。

「社員同士が信頼し合い、『1人はみんなのために、みんなは1人のために』という組織を作りたいなら、隠し事があってはいけない」

給与を公開することによって、従業員に「なぜ人によって給与が違うのか」を考えてほしいと思ったと言います。どんな業績や成果を収めればどれくらいの報酬がもらえるのかを知ることで、社員が自発的に働くようになり、会社の業績も上がるのではないかと考えたそうです。

【SumAll】

マーケティング・アナリティクス会社SumAllでは持ち株も含め、従業員の報酬を全て公開しています。Dane Atkison最高経営責任者は

「最初は誠実でいたいと思って始めたのですが、今では社員の生産性向上・定着率改善に欠かせない施策になりました」

と言い、その効果を実感しているといいます。

給与の透明化の未来

給与の透明性に関する調査研究は進んでいますが、まだ働き手や社内の人間関係、組織全体への影響は完全には明らかになってはいません。

ですが給与に限らず、会社に「透明性」を求める動きはこれからも高まっていくでしょう。

隠し事をしないというのは信頼の礎であり、組織の公平・公正性に欠かせないアプローチです。これからの企業は社員に対しても顧客や消費者に対しても、あらゆる意味での「透明性」を追求していくことが成功の鍵になるのではないでしょうか。